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スペイン・ハプスブルク家はどうして断絶したの?「近親婚」が原因?

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スペインを174年にも渡り支配してきたハプスブルク家ですが、カルロス2世が39歳で亡くなられた1700年に途絶えました。
カルロス2世は結婚を2度していますが、子どもを授かりませんでした。
高貴なハプスブルク家の血筋を維持するため、近親婚を続けていたからとも言われています。
また、カルロス2世は「呪われた子」と言われていたそうなのですが、なぜでしょうか?

16世代に渡り近親婚

2009年4月15日「スペインに君臨したハプスブルク王朝は近親婚により遺伝性疾患が原因で断絶した可能性がある」という研究結果が、アメリカのオンライン科学誌「PLoS ONE」(Public Library of Science)にて発表されました。

発表したのは、スペインのサンティアゴ・デ・コンポステラ大学と、ガリシア州ゲノム医療公益財団の研究者です。
方法として、歴代の王の近親交配の程度を表す「近交係数」をPCで計算して出したということです。

王の名前近交係数
初代王 フェリペ2世0.025
末代 カルロス2世0.254

赤の他人同士の子どもの場合「近交係数」は0であり、親きょうだいの間に生まれた場合は0.25になります。
このことから、カルロス2世の0.254という数値は驚くほど異常であることがわかります。

11の結婚のうち9組が「3親等以内の親族との結婚」だったということも明らかになっています。
そして度重なる近親婚こそ、カルロス2世が遺伝子疾患の原因になった可能性があると結論つけました。

「呪われた子」と呼ばれたカルロス2世

王家断絶の危機を救い「希望の子」として周囲の期待を一身に集めたカルロス2世ですが、近親婚による重度の奇形に苦しみ…やがて「呪われた子」と呼ばれてしまいます。

同研究によると、カルロス2世は身体障害と共に心神喪失状態だったとされています。

  1. 4歳まで話せなかった
  2. 8歳まで歩くこともままならない
  3. 年齢を重ねても知能の成長が見られない
  4. 舌が異常に大きく口から飛び出している
  5. 終始よだれを垂れ流している
  6. 大きな頭に痩せた小さな体で30歳のときには老人のような見た目で足が不自由
  7. 足と顔と腹は常に浮腫んでいる
  8. 無気力で周囲の人間に関心を示さない
  9. 性的不能

劣性遺伝の兆候が心身ともに現れており、正に長年の近親婚による負の遺産を全て背負ってしまったかのような悲劇の王でした。

そして研究により、これらの大半は「下垂体ホルモン欠乏症」と「遠位尿細管性アシドーシス」という2つの遺伝性疾患が同時に発症したことが考えられると説明しています。

世継ぎが途絶えた

カルロス2世は上記のような病気を患っていたために、生まれつきの性的不能により子孫を残すことができませんでした。

妻であるマリー・ルイーズ・ドルレアンは、後継を生むプレッシャーに晒されながらも夫の不妊症と夫への不快感からうつ病を患い、僅か26歳の若さで亡くなってしまったとのことです。

こうして、174年もの間スペインを支配していたハプスブルク家はカルロス2世を最後に断絶し、王位はフランス・ブルボン家に継承されることとなりました。

王の遺体の検死結果

1700年、カルロス2世は38歳という年齢でこの世を去りました。

王の遺体を検死した医師によると

王の脳は1滴の血液も含んでおらず、心臓はコショウの大きさで肺は腐食しており、腸は腐って壊疽(えそ)していた。
そして石炭のように黒い一つの睾丸を持ち、頭は水でいっぱいだった。

と、記されていたようです。

まとめ

長きに渡る近親婚の末に、遺伝子疾患を持ち生まれてきたカルロス2世ですが「呪われた子」と呼ばれていた理由がこれでわかりました。

カルロス2世の妻となった2人の女性もある意味被害者ではないでしょうか?
性的不能である夫との間に子孫を残さないといけないと周りからのプレッシャーに耐えながらの日々を送り、どれだけ苦しい人生だったことでしょうか。

またカルロス2世の検死結果から、脳には血液が一滴もなく水でいっぱいなどから生まれた時点で瀕死の状態だったということがわかります。
王本人も、どれだけ辛い人生だったことでしょうか。

近親婚の恐ろしさと、近親婚によって断絶してしまったスペイン・ハプスブルク家…
「一族の繁栄のため」「高貴な青い血を守るため」とはいえ、自然の摂理に逆らったために皮肉なことに自ら一族を断絶してしまったということになります。

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