戦時中に行われた「犬の毛皮献納」…ハチ公の銅像にも起きた出来事とは?

はじめに

太平洋戦争中、日本では多くの物資が不足していました。
そのため国民はさまざまなものを供出するように求められ、衣類や金属、そして動物の毛皮までもが戦争のために差し出されることとなりました。

中でも注目されるのが「犬の毛皮献納」という出来事です。
国の命令で、多くの飼い犬が軍事利用のために毛皮を剥がされ、供出されました。
この中には、国民に親しまれていた忠犬ハチ公の像も関わることになります。

この記事では、戦時中の犬の毛皮献納の背景やその影響、そしてハチ公像に起きた運命について紹介します。

犬の毛皮が求められた理由

戦時中、日本は深刻な物資不足に陥っており、兵士たちの防寒具として動物の毛皮が必要とされていました。
特に寒冷地での戦闘では、防寒対策は重要で、犬の毛皮もその対象となったのです。

政府は「国のために尽くす」ことを掲げ、飼い犬の毛皮の供出を国民に呼びかけました。
当時は犬の毛皮からコートや防寒服を作ることが奨励され、多くの人々が泣く泣く自分の飼い犬を差し出すことになりました。

毛皮だけではなく、犬自体が軍用犬として徴用されることもありました。
番犬としての役割や、伝令犬として前線で使われることもあったとされています。

ハチ公像が撤去された理由

上野にある忠犬ハチ公像は、飼い主を毎日待ち続けた犬の姿をたたえ、昭和9年に建立されました。
多くの人々に愛される象徴として親しまれていたこの銅像も、戦時中の金属供出の対象となってしまいます。

昭和19年、軍需物資としての金属が必要とされたことから、ハチ公像も解体され、供出されました。
多くの国民がその知らせに衝撃を受けましたが、当時は国全体が戦争一色だったこともあり、誰もが抵抗できなかった時代背景があります。

戦後、ハチ公像の再建を望む声が高まり、昭和23年に現在の像が再び設置されました。
現在のハチ公像は、再建当時の人々の希望と平和への願いが込められたものといえるでしょう。

https://www.colorfl.jp/articles/10430/

まとめ

戦時中、日本では犬の毛皮までもが戦争のために供出され、多くの家庭で飼われていた犬たちが犠牲となりました。
また、国民に親しまれていたハチ公の銅像までもがその例外ではなく、戦争という時代の厳しさを物語っています。

このような出来事を知ることで、戦争の現実がどれほど深刻だったか、そして平和の尊さがどれほど貴重であるかを改めて考えるきっかけになるかもしれません。

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